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自由
コーヒー豆_レベル._アイコン.みるきゅ
13時間前
付けられた傷は、易しく、癒えない。 世の中の陰に隠れている、毒親と毒子。 影を落とすのは、その日々だけではない。 何十年、経ったとしても。 傷は、悲しみになり。 傷は、苦しみになり。 傷は、歪みに変わる。 自分は、目の当たりにしたのだ。 だから、その姿から思うのだ。 それは、癒すべき傷なのだ。 今にも心さえ、壊れそうな人。 助けを求めても、届かない人。 たった一人で、耐え続ける人。 両親にも、きっと事情はあるはず。 ただ一人、抱え込まないでほしい。 それは、親のためだけではない。 それは、子のためでもあるのだ。 その親が、救われること。 その子が、守られること。 これらは、対立するものではない。 どちらも、必要不可欠なものなのだ。 自分は、聞き過ごさない。 子の叫びも、親の叫びも。 それは届かなかったり、それは愚者に届いたり、そのような末を辿るのではなく。 慈悲の知恵を持つ人の耳に届き、醜い世の中に生きても尚、救われてほしい。 この文章に重みを乗せるには、自分自身がそれ相応の努力を、継続しないといけない。 耳当たりの良い文章を書いておきながら、行動が伴わないだなんて、滑稽だからな。 最後に、一つ、伝えたいのだ。 決して、忘れてはならないことがある。 たとえ、どれほど深く傷ついていても。 それは、誰かを傷つけてよい理由には。 絶対に、ならない。 傷は、傷しか、生まないのだ。
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ぬあっち
11時間前
毒親、僕はその経験者と関わりを持ったことはあります。 僕はその人にに寄り添おうと努力していましたが最後には歪、 僕も寄り添えなくなりました。 傷は傷しか生まない、まさしくそのとおり。 救いたかったと後悔が残る反面、その環境にいる状況では どうにか動いても自分の可動域では救われないのだと 自分の無力さを痛感しました。 努力家のみるきゅさんは、僕の無力さをどう捉えられるかは わからないですが、傷は傷しか生まない。 まさしくその通りだと思います。