付けられた傷は、易しく、癒えない。
世の中の陰に隠れている、毒親と毒子。
影を落とすのは、その日々だけではない。
何十年、経ったとしても。
傷は、悲しみになり。
傷は、苦しみになり。
傷は、歪みに変わる。
自分は、目の当たりにしたのだ。
だから、その姿から思うのだ。
それは、癒すべき傷なのだ。
今にも心さえ、壊れそうな人。
助けを求めても、届かない人。
たった一人で、耐え続ける人。
両親にも、きっと事情はあるはず。
ただ一人、抱え込まないでほしい。
それは、親のためだけではない。
それは、子のためでもあるのだ。
その親が、救われること。
その子が、守られること。
これらは、対立するものではない。
どちらも、必要不可欠なものなのだ。
自分は、聞き過ごさない。
子の叫びも、親の叫びも。
それは届かなかったり、それは愚者に届いたり、そのような末を辿るのではなく。
慈悲の知恵を持つ人の耳に届き、醜い世の中に生きても尚、救われてほしい。
この文章に重みを乗せるには、自分自身がそれ相応の努力を、継続しないといけない。
耳当たりの良い文章を書いておきながら、行動が伴わないだなんて、滑稽だからな。
最後に、一つ、伝えたいのだ。
決して、忘れてはならないことがある。
たとえ、どれほど深く傷ついていても。
それは、誰かを傷つけてよい理由には。
絶対に、ならない。
傷は、傷しか、生まないのだ。