交友関係を広げたら地位の高い人達とも触れ合うようになって、劣等感や虚しさを刺激されるようになってしまった。
でも、その人達は悪い人ではない。
寧ろよくしてくれるので、私だけが醜い感情を持っていることが浮き彫りになり、なんとも言えぬ不快な気持ちになる。
できれば見ないふりをしていたいけれど、確かに存在するものなのだから無視はせず、あって仕方がないものとして認めてあげたい。
「自分も頑張ろう」という気持ちがわいてくるような良い刺激感も分けてもらえているので、事実をしっかりと見つめながら、自分の劣った部分を少なくしていけたらなと思う。
何も行動せずに嫉妬心を拗らせ、憎しみを煮詰め続けるような可哀想な人間にはなりたくない。
ある程度の知能があるなら努力をしてより良い生活を目指すのが良いことだと考えているので、立ち止まらずに諦めずに進みたい。
というようなことを考えていたら、嬉しい贈り物が届きました。
「こんな、誰の役にも立たないようなボランティアなんて続けていて意味があるんだろうか」と考えてきたけど、今は「少しは役に立っているのかもしれないね」と感じられそうで感じられないもどかしい気分。
でも、これまでの頑張りを認めてもらえたような気持ちにはなれました。
こうやって他の人みたいにバリバリとは働けなくても、人・社会と繋がっていられたらいいな。
孤独も好きだけど、生きていくには人とのコミュニケーションが必須だから、人々の中で過ごす自分を育てていきたい。
死ぬまでには、誰かの役に立ちたい。
より良い生活を作りたい。