私は過激派の反出生主義者なので子供連れてる人を軽蔑した目で見てしまうけど、困ってるようなら助けるし生まれてきてしまった憐れな子供達には幸せになって欲しいと思う。つまり「既に産まれてしまった」、自分を含めた可哀想な人間たちには優しくありたいと思う。
自分の親が子供にやってはいけないことの見本市みたいな残念な人たちだったから、今既に子どもを産んでいる人たちに思う。決してその子の存在を否定するようなことは言ってはならぬぞ、と。
私の「死にたい」は母に「死ね」と言われたことから始まった。「あんたなんか産まなきゃ良かった」から産まれてきたことの否定と後悔が始まった。今も、これからも、私は自分を否定し続けるのだろう。同じ方法で、母にも大きな否定を突きつけて絶縁してきた。ざまあみろだ。
やったことのツケは返ってくる、それだけ。