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コーヒー豆_レベル._アイコン.yukari0520
1年前
当時私は小学校6年生で、英語、ピアノ、水泳、珠算と週5で習い事に通わされていた。 その多忙を極める日々の中でも学校で友人が出来、皆で動物園に行こうという事になった。 県外に5人で外出するというのは初めての経験だった。 親から門限は厳しく設定されており、5時を過ぎると鍵をかけて入れなくなってしまう。 自分用の鍵は渡されておらず門限を破れば夕飯も自動的に抜きとなっていた。 で、動物園へ行く日。口が酸っぱくなる程門限を破るなと言われたが同行した友人達は我が家の家庭事情を知っていたので「そんなの気にするな」と口々に言った。 正直言って、頭の良い集団では無かった。授業中もお絵描きをし手紙を回し続ける。私は休み時間、図書室で借りて来た本を読んで読書に耽るタイプだったが何故かその時は「仲間」として誘われる運びとなった。 ドキドキしながら駅に着き、電車に乗る。渡されたお小遣いで食べる物を買い、色々な動物を見た。夕刻が過ぎ、その内に戻るべき駅から段々離れている事に気付いた。そして閉園の時間が迫っていた。 学校の遠足ではタイムスケジュールが定められていたが、計画性もない小学生だった我々はただただ進みたいように歩き回ってしまった。 閉園の時間。園内放送が流れ、私達はとにかく園の外に出なければと駅とは真反対のゲートへ向かう。 子供の頭と足では、駅までどうやっても遠かった。 そうして園の外に出てから駅へ向かう事を決めた。園をぐるっと取り囲む柵に沿うようにひたすら歩いた。 その時点で既に6時。携帯も無い時代だ。 グループの中で最も貧乏で頭の悪い子供が私達を励ます。「何とかなるって!」 駅に着いた時点で6時なら、そこから自宅まで1時間かかる事になり、最終的に7時前後。塾の時間であればもっと遅くなる事もあったがこれは単なる遊び。 こっぴどく怒られる事は想像に難くなかったが矢張り、その通りになった。 「勘当だ」と締め出され叱られる。恐らく他の子供達は温かい食事に有り付けただろうに、自分だけが空腹のまま。父が怒れば必ず母が従う形になった。 そして遂には「お前には愛想も尽きた」と吐きつけるように言われた。 元々、父が家に帰ってくる事すら稀だった。やれ海外出張だ、やれ残業だと顔を合わせる機会は無く会ったとしても二、三小言を言われるのみ。その日の楽しかった気分は既に疲労で滅茶苦茶になっていたがそれに加えてこの言葉で身体から力が抜けていく思いだった。親の言う通りにしなければ、敷かれたレールの上を少しでも外れれば否定され貶される。助けてやろうという気持ちや心配に思う気持ちは微塵も無い。 自分には皆との楽しい思い出がある、なんて全く思えなかった。どこまで行っても何をしても叱られる。 親としての愛情など受けたつもりは無かった。自らの塾通いのお陰か、親より高い偏差値の高校に入学したが今でもあの時の事を思い出す。そしてたまにその激重感情が自分を苦しめる。私は頑張ってたじゃないか。何故何一つ褒めてくれなかったのか、と。 聞けば親はその時既に別の女性と関係を持っていたらしい。 たまに会えば携帯を弄り始め仕事の話ばかりしてくる親。愛想を尽かしたのはどちらが先だったのだろう。
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nanishita
1年前
大変辛い思いをされましたね。 これからの人生な穏やかさが訪れますように。
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rurihosaki
1年前
お疲れさま。私の周りのみんなも、当時、習い事ばかりしてたな。かけもちで。